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りんごのお話 ~ 久万高原町

つれづれなるままに日々の出来事つづってます

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愛媛新聞連載の「白魔の記憶」

  1. 2013/02/22(金) 09:31:55_
  2. 地域情報
  3. _ tb:0
  4. _ comment:0
愛媛新聞に連載された「白魔の記憶」
地域の人たちの体験談を読んで
小さい頃の上浮穴38豪雪の体験が蘇ってきました

忘れようにも冬になり雪が降る度に
「あの時はねえ~・・・・」と語り草になっているから
忘れられるものではありません

まだ区画整理が出来てなくて今残っていたら棚田100選とまでは
いかなくてもちょっとした景観を楽しめるような田んぼも
まるでゲレンデのような斜面
水が流れているから少し雪が溶けてかすかに川の位置はわかるけど
どこからが道なのか? さっぱりわからない一面銀世界

重機のない時代、一階が埋まってしまうくらいの大雪
家の雪下ろし 出入口の確保だけでも大変なのに
人海戦術で部落総出の道作り
一日ががりでやっと学校まで人の離合もままならないくらいの道ができ
大人に先導されて集団登校
ちょっと学校にいたらすぐ集団下校だったようなかすかな記憶が・・・

道作りの日
うちが丁度部落の入口だったので今は亡き父が母に
炊き出しをするように言ったそうで
「あんときは弱ったわい! あるもんで炊き込みご飯を作ってなあ~」
っと何度聞かされたことか

当時陸の孤島となって買い物に行ける訳でなしお店に行けたとしても
生鮮品はなにもなしのガラガラ
1m以上掘って畑の中からみずみずしい白菜を見つけたときは
感激したそうです

私と弟は
桜の板でスキーや橇を作ってもらって遊んだことが一番の思い出

今のりんご園はその当時酪農を営んでいて
絞っても絞っても出荷出来ず捨てたり牛乳風呂に入っていたそうで
その痛手から廃業したとか・・・・

タイムスリップして現代だったら重機フル回転で
これほどまで大変な思いはしなかったのでしょうね

以来年々雪は少なくなり
昨年の三坂道路開通でより便利で住みやすい町になっています
・・・・・・・・・・・

50年後の今年は除雪車の出動がなかったのでは?
雪のないりんご園には見慣れない葉が茂っています
「想うはあなた一人」「また会う日を楽しみに」の花言葉をもつ彼岸花です
        ↓
250221higanbana.jpg
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